宗祖としての親鸞聖人に遇う

往生極楽のみちをといきかんがため

(松林 至 教学研究所嘱託研究員)

 先日、御門徒の方々と親鸞聖人の御旧跡を巡る時間を共にした。ゆかりの地を巡りながら、その地で語り継がれる聖人のお姿を想った。また同じ頃、地元の博物館で「安城の御影」が公開され、そのお姿にお遇いすることができた。御遠忌を間近に控え、各地で聖人の足跡を尋ねる機会が増えている。八百年の時代を超えて聖人のお姿を想う。
 時を経て聖人在世中と現代では時代は大きく変わった。御旧跡に立ち、眺める景色も、そこに住む人々もすっかり違っている。その変化の度合いはますます急激なものとなり現代を生きるわれわれを呑み込んでいるように感じる。自然科学や社会科学の発達はその技術と知識で人々の世界観を大きく変えた。生活の利便性を向上させ、当時では考えられなかったような社会が実現しているのである。
 そんな社会のなかにあって、八百年もの時代を超えて、さらに釈尊からは二千五百年もの時代と国を超えて、その教えがこの時代を生きる自分とどう関わってくるのか、戸惑いながら考える。今、親鸞聖人のしめされた教えに聞いていこうというのはどういうことであるのか。変わりゆく世界のなかで、教えがその時代その時代の衆生に応えていくということはどういうことであるのかと考えさせられるのである。
 『歎異抄』第二条には聖人と門弟とのやり取りが記されている。「おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり」(聖典六二六頁)。関東から尋ねてこられた門弟に対して、あなた方がはるばる尋ねてこられたお気持ちは、「往生極楽のみちをといきかんがため」である、と。そしてその「みち」は、よきひと法然上人によって出遇った「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし」(聖典六二七頁)というお念仏の教えであることを伝えておられるのである。おそらくさまざまな質問をもって参上したであろう門弟に対して、それらへの回答ではなく、それらの問いをつつんだ、ただひとつの根源的な問いを言い当てるこの場面は印象的である。そしてこのことは、現代のわれわれも同じく、たとえ時代が変わろうとも、「往生極楽のみちをといきかん」というところでしか聖人とつながる道はないのだと教えられてあるように思う。
 教えは時代の相を言い当てるのではなく、その時代を生きる人間の苦悩の根源を言い当てるのである。「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし」とは、その苦悩の根源に応答する如来の本願の勅命である。その勅命に従うことによって、聖人もまた時代を超えて七祖に出遇っていかれたのであろう。
(『ともしび』2011年1月号掲載)

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